私が津南町に移住した理由は色々とあります。
田舎暮らしがしたかったこと。登山ガイドをしたかったこと。沢登りがしたかったこと。山スキーがしたかったこと。その全てが理由です。
その中で生涯かけても達成したい目標があります。
それがクライミングゲレンデの開拓です。

秋山郷の奥、屋敷集落にその岩はありました。布岩という柱状節理で、秋山郷の観光名所にもなっているようです。
初登されたのは遥か40年前、1980年代。長野市のクライマー森山氏率いる「友達くらぶ」によって開拓されました。当時の日本はバブル経済。今では秘境と言われた秋山郷にも多くの人が押し寄せ、フィーバー状態だったと言います。
そこで訪れたクライマー達はさぞ目を奪われたでしょう。
当時は今ほどギアが充実してはいなかったものの、無数のクラックが聳え立つ柱状節理はハーケンやフレンズを打つにはもってこいだったと思います。

ただ、クライミングとしての時代は悪かった。当時の日本では被ったフェースを登るボルトルートが大人気で、クラックの人気はイマイチ。ギアの性能も良くなかったこともあり、次第に訪れる人が少なくなったといいます。
開拓者にとって訪れるクライマーの意見はモチベーションの要。バブル崩壊と共に、開拓の手も離れていったと言います。
その後は中央岸壁の数ルートが登られるのみとなり、時代と共に忘れられた岩場は徐々に自然へと還っていきました。
クライミングを始めた当初はボルダリングに誘われていましたが、身長が低い上に同じ事をするのが嫌いな私は一時期クライミングとは疎遠になっていました。しかしクラック(トラッドクライミング)に出会ったことで、その価値観は変わりました。
クラックは身長のハンデが少なく、プロテクションは自分の任意の場所に打っていい。ボルトルートのように届かないという事がほとんどありません。好きな所を登っていいのです。

クラックに魅了された私は三重県の名張のゲレンデに通い詰め、アメリカのヨセミテとインディアンクリークにも単身登りに行きました。
クラックは楽しい。それが私の本心でした。
津南町を移住候補にした際、布岩が目に留まりました。こんな美しい柱状節理がほとんど登られずに残されている。その理由が田舎にある為整備する人間がおらず、開拓も進んでいない。
なら、俺がやろう。

ネットの記事を見る限り、下草が酷くて登りにくい。なら刈ってしまおう。
情報が少なくてよく分からない。ならトポを作り、情報を流そう。
ルートが少なくて、すぐ終わってしまう。ならルートを増やそう。

すごく単純な事ですが、簡単な事ではありません。豪雪地帯の為登れるのは4月~11月までですし、アプローチを整備しても雪崩でリセットされてしまいます。何より、クラックに泥やら岩やらが詰まって大変。
でもいざ開拓をしてみると、やり甲斐がありました。
駐車スペースまでは舗装路が続き、車から岩場までは徒歩10分足らず。
携帯電話は全キャリア繋がり、目の前に苗場山が見える絶好のロケーション。
岩が真東に位置するため乾きも早く、暖かい。
すぐ近くには多数の温泉があり、民宿も安くて料理も美味しい。
観光やハイキングのついでに来るだけでもいい。
登らなくても、ここにいるだけで気持ちいいんです。

2024年現在、わずか7本だったルートは21本にまで増設。
トポも完成し、徐々に開拓は進んでいます。
布岩ゲレンデ2代目開拓者として今後頑張っていこうと思います。
応援してくれる方がいれば励みになります。
よろしくお願いします。
※ROCK&SNOW90号に布岩が掲載されています
※布岩のトポはこちらです
https://woodcock-trail-office.com/362/news/

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